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郷土の資料 ~赤報隊について~

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赤報隊とは?

赤報隊は幕末に薩摩藩などの支援を得て結成された草莽隊(そうもうたい)のひとつ。隊士に佐津間村(現在の鎌ヶ谷市)出身の渋谷総司がいたことでも有名です。


関連資料

赤報隊について書かれた本

  • 『幕末赤報隊幹部 澁谷総司』島津 幸男/編 瑠璃山宝泉院(C1.210)
  • 『幕末の壮士 赤報隊幹部 澁谷総司』島津 幸男/編 鎌ケ谷市(C1.210)
  • 『幕末諸隊録 崛起する草莽、結集する志士』ムック 学研(210.5)
  • 『鎌ケ谷市史 中巻』鎌ケ谷市教育委員会/編集 鎌ケ谷市(C1.210)
  • 『鎌ケ谷のあゆみ』鎌ケ谷市教育委員会 鎌ケ谷市(C1.210)
  • 『鎌ケ谷市史研究 第21号』鎌ケ谷市郷土資料館/編集
    鎌ケ谷市教育委員会 (C1.210)
  • 『いい話ほどあぶない 消えた赤報隊』野口 達二/著 さ・え・ら書房 (210)児童書

など

赤報隊が描かれた小説

  • 『潮流のゆくえ』遠野 美地子/著 三交社 (C1.913)
  • 『犬死伝 赫ける、草莽の志士』 小嵐 九八郎/著 講談社(913-コ)
  • 『雪の中の炎』高橋 忠治/著 小峰書店(913‐タ)児童書
  • 『幕末新人類伝』津本 陽/著 潮出版社 (913‐ツ)
  • 『幕末御用盗』津本 陽/著 講談社(913‐ツ)
  • 『いだてん剣法』東郷 隆/著 小学館(913‐ト)
  • 『大江戸打壊し』東郷 隆/著 徳間書店(913‐ト)
  • 『赤報隊始末』 東郷 隆/著 徳間書店 (913‐ト)
  • 『我餓狼と化す』東郷 隆/著 実業之日本社(913‐ト)
  • 『我餓狼と化す』東郷 隆/著 実業之日本社(913‐ト)
  • 『洛中の露』東郷 隆/著 新潮社(913‐ト)
  • 『修羅の華』 堀内 万寿夫/著 叢文社 (913-ホ)
  • 『神と語って夢ならず』松本 侑子/著 光文社(913‐マ)
  • 『幕末志士伝赤報隊 上・下』宮城 賢秀/著 角川春樹事務所(913-ミ)

など

郷土資料館情報

 赤報隊(せきほうたい)は慶応4年(1868)正月、西郷隆盛(さいごうたかもり)と岩倉具視(いわくらともみ)を後ろだてとして結成された官軍の先鋒隊の一つです。盟主に公家(くげ)の綾小路俊実(あやのこうじとしざね)・滋野井公寿(しげのいきんひさ)をたて、三隊編成をとりました。このうち一番隊は相楽総三(さがらそうぞう)を隊長とする江戸薩摩(さつま)藩邸浪士隊の流れを組むもので、中山道を進軍する「東山道軍」の先鋒部隊を務めました。市域の佐津間出身の渋谷総司(しぶやそうじ)もこの隊で「使番」という幹部の役についていました。

赤報隊は官軍の先頭を切って進み、各地で情報探索をし、諸藩や民衆が勤王(きんのう)に傾くように働きかけを行いました。このような中で、相楽は独自の関東攻略策を建白(けんぱく)し、旧幕領の地への年貢半減令などが採用され、その布告が許可されていました。

正月下旬になると、新政府より赤報隊へ京都への帰還命令が発せられますが、一番隊はこれを拒んでさらに進軍しました。この時の一番隊のことを「嚮導隊(きょうどうたい)」とも言います。しかし、信濃国下諏訪宿(現・長野県下諏訪町)までたどり着いた嚮導隊は、3月3日突然官軍の統制を乱した「偽官軍」として処刑されてしまいました。

処刑の原因は、財政的に基盤の弱かった新政府軍にとって、年貢半減令は重荷であり、その布告をした責任を赤報隊に負わせることにしようとしたためであるといわれています。しかし、近年研究者の中にはこれを疑問視する説もあり、西澤朱実氏は処刑の原因を官軍の情報伝達の齟齬にあったためと主張しています。

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